アブソープション・アプローチとトランプ政策の行方
トランプ大統領が再び就任し、関税政策が注目されています。特に、中国に10%、カナダとメキシコに25%の関税が課される可能性が議論されています。この政策は、トランプ氏が主張する「貿易赤字の削減」を実現できるのでしょうか?国際経済学のアブソープション・アプローチを通じて、その効果を考察します。
アブソープション・アプローチとは?
アブソープション・アプローチは、貿易収支が国内の需要(吸収)と供給の差で決まるとする考え方です。例えば、国内の需要が1,000台の自動車で、国内生産が800台の場合、残りの200台は輸入で賄われます。このとき、貿易赤字は200台分となります。
関税を引き上げて輸入車の価格を高くしても、需要が減らなければ、貿易赤字は解消されません。むしろ、需要が増え続ける限り、貿易赤字も膨らむ可能性があります。
アブソープション・アプローチの基本概念
貿易収支は、国内需要(吸収)と国内供給の差で決まる。
- 貿易赤字 = 国内需要 > 国内供給(需要超過)
- 貿易黒字 = 国内需要 < 国内供給(供給超過)
貿易赤字を削減するには、需要を抑えるか、供給を増やす必要がある。
トランプ関税の影響
トランプ氏が輸入車に25%の関税を課し、価格を引き上げた場合、輸入車の需要は一時的に減るかもしれません。しかし、国内の需要が減らない限り、貿易赤字の根本的な解消にはつながりません。
貿易赤字を減らすには?
- 関税引き上げだけでなく、**国内需要を抑える政策(財政緊縮)**が必要。
- 例えば、政府支出を減らしてGDPを縮小させると、需要が減り、貿易赤字が縮小します。
- しかし、トランプ氏は財政拡張を推進する方針であり、需要がむしろ拡大する可能性があります。
財政拡張とドル高の影響
トランプ氏の政策には、国内生産支援のための法人税減税やインフラ投資などが含まれています。これにより、需要がさらに刺激され、以下のような影響が予想されます:
- 物価上昇:需要が供給を上回ることでインフレが進行。
- 金利上昇:インフレ抑制のためにFRBが利上げを実施。
- ドル高円安:金利上昇によりドルの価値が上昇。
ドル高円安が進むと、日本などの輸出国は対米輸出が増加しやすくなり、米国の貿易赤字がさらに拡大する可能性があります。
トランプ関税と中国との貿易の代替効果
仮に中国に60%の高関税を課した場合、米国の貿易赤字はどうなるのでしょうか?
中国とアメリカの関係
高関税政策の影響:トランプ政権が中国製品に高関税を課す場合
直接的影響:
中国製品の価格が上昇し、米国の輸入が減少する可能性がある。
ただし、米国の需要が依然として高ければ、中国製品の代わりに他国(ベトナムやインドなど)の製品を輸入する可能性が高い。
米国全体の貿易赤字は、中国から他国への輸入シフトで構造的には変わらない。
間接的影響:
中国経済への打撃:輸出依存度の高い中国は、米国市場の縮小で生産調整を余儀なくされる。
中国は代替市場(アフリカ、東南アジアなど)への輸出を増やす努力をする可能性がある。
アメリカの需要超過
- 米国が財政拡張(減税やインフラ投資)を続ける場合、国内需要が拡大する。
- 国内供給が需要を満たせない限り、輸入に依存する構造は変わらない。
- アブソープション・アプローチの観点では、米国の貿易赤字は中国以外の国にシフトするだけで、根本的な改善は難しい。
中国の供給力
- 中国は、製造業の効率性と規模で依然として強みを持つ。
- 米国が高関税を課しても、中国は価格競争力を維持するため、人民元安や補助金を活用する可能性がある。
- 結果的に、中国の対米輸出は減少しても、全体的な貿易収支への影響は限定的となる可能性がある。
中国貿易の今後の展望
1. 供給チェーンの再編
- 米国の高関税政策は、グローバルサプライチェーンの再編を促進する。
- 中国は「一帯一路」構想を通じて、新興市場での輸出拡大を目指す。
- 一方で、米国は中国以外のアジア諸国(ベトナム、インドネシアなど)からの輸入を増やす可能性が高い。
2. 技術競争
- 米中間の競争は製造業だけでなく、技術やデジタル経済分野に移行している。
- 米国の高関税政策は、中国のハイテク産業への打撃を狙ったものでもある。
3. 長期的な影響
- アブソープション・アプローチの観点では、米国の貿易赤字削減には国内供給力の強化が不可欠。
- 中国は、製造業の高度化と内需拡大を進めることで、米国依存を減らし、経済の安定を図る必要がある。
- 価格上昇の影響:中国製品の価格が上がると、米国は中国以外の国(例:ベトナム)から輸入を増やす可能性があります。
- 貿易赤字の継続:需要超過が続く限り、貿易赤字は解消されません。
日本へのトランプ関税の影響
トランプ関税が日本に直接影響しない場合、以下のようなシナリオが考えられます:
- 対米輸出の増加:中国製品が価格競争力を失うことで、日本製品が有利になる可能性。
- 円安の影響:ドル高円安が進行すると、日本の輸出企業は利益を増やしますが、輸入物価の上昇で国内消費者の負担が増加。
まとめ
トランプ政策が短期的に貿易赤字を改善する可能性は低く、むしろ需要刺激策が貿易赤字を拡大させるリスクがあります。アブソープション・アプローチの観点から見ると、貿易赤字を解消するには、国内需要の抑制や供給力の強化が必要です。しかし、これらの調整は時間がかかり、トランプ氏の短期的な政策目標と矛盾する可能性があります。
日本にとっては、輸出拡大のチャンスがある一方で、円安による物価上昇や所得格差の拡大といった課題も残されるでしょう。