- 1. インバウンドバブルの弊害。じわじわと日本人の生活を変える観光立国の副作用
- 1.1. 外国人からすると日本は安い
- 1.2. ホテル価格を見ると分かりやすい
- 1.3. インバウンド価格が観光地だけの話ではなくなる
- 1.4. 日本人が日本国内で価格負けする
- 1.5. 円安との組み合わせがさらに問題を大きくする
- 1.6. じわじわ来るのは二次的な値上がり
- 1.7. インバウンドの恩恵を受けない人にも物価上昇は来る
- 1.8. 土地と住宅まで外国の購買力と競争するようになったら
- 1.9. 高級品から日常品へ波及する可能性
- 1.10. インバウンドは日本にとって必要
- 1.11. 安い日本を売り続けるだけでは豊かにならない
- 1.12. 観光客が増えた=国民が豊かになった、ではない
- 1.13. 日本が観光地になった先に何があるのか
インバウンドバブルの弊害。じわじわと日本人の生活を変える観光立国の副作用
外国人観光客が増えている。
ホテルが埋まる。
飲食店が繁盛する。
百貨店で商品が売れる。
地方にも外国人が訪れる。
これは基本的には日本経済にとって良いことです。
海外から日本へお金が入ってくるわけですから、観光業、宿泊業、飲食業、小売業、交通などには大きな経済効果があります。
だから私は、インバウンドそのものを否定するつもりはありません。
ただし最近、少し違う問題も感じています。
それは、
インバウンドによる価格上昇に、日本人の所得が追いつけるのか
という問題です。
インバウンドの弊害というと、
観光地が混雑する
ゴミが増える
交通機関が混む
マナー問題が起きる
といったオーバーツーリズムが注目されます。
しかし、本当に怖いのはもっと静かに進む変化かもしれません。
日本に住んでいる日本人が、日本国内の商品やサービスを買いにくくなっていく。
そんな現象です。
外国人からすると日本は安い
例えば1泊3万円のホテルがあるとします。
日本人の感覚では、
結構高いホテルだな
と思うかもしれません。
しかし海外から来た旅行者にとっては、その3万円の感じ方が同じとは限りません。
為替だけでなく、母国の所得水準や物価水準が違うからです。
仮に海外の旅行者にとって日本のホテル、飲食、交通、サービスが相対的に安ければ、
3万円でも安い
5万円でも泊まる
1万円の食事でも問題ない
という需要が生まれます。
すると当然、企業側も考えます。
3万円で売れるのに、なぜ2万円で売る必要があるのか。
これは企業として当然の判断です。
ホテル価格を見ると分かりやすい
この現象が最も分かりやすいのがホテルです。
以前なら、
ちょっと良いホテルに1泊する
という感覚だった価格帯が、観光需要の強い地域では珍しくなくなってきました。
需要が強ければホテルは価格を上げます。
さらにインバウンド客には、その価格でも需要があります。
すると市場価格そのものが上がっていきます。
ここで重要なのは、
外国人料金だけが上がるわけではない
ということです。
日本人が同じホテルに泊まろうとしても、基本的には同じ市場価格を支払います。
つまり、
海外の購買力によって形成された価格を、日本の所得で支払う
という現象が起きます。
これがじわじわ効いてきます。
インバウンド価格が観光地だけの話ではなくなる
最初はホテルです。
次に飲食店。
そしてタクシー。
観光施設。
小売店。
不動産。
家賃。
人件費。
インバウンド需要が強くなれば、企業は外国人観光客向けの商品やサービスを増やします。
例えば同じ場所で、
800円の定食を日本人に販売する
のと、
3,000円の観光客向けメニューを販売する
のであれば、後者を選びたくなるのは経営として不思議ではありません。
限られた店舗面積。
限られた人員。
限られた営業時間。
限られた土地。
限られたホテルの部屋。
そこに購買力の高い需要が大量に入ってくれば、
より高い価格を払える人に資源が配分されていきます。
これが市場原理です。
日本人が日本国内で価格負けする
私はこれがインバウンドバブルの大きな副作用の一つだと思っています。
例えば海外旅行なら分かります。
ニューヨークのホテルが高い。
ハワイの食事が高い。
スイスの物価が高い。
それなら、
海外だから仕方ない
と思える。
ところが問題は、
自分たちが暮らしている日本国内でも同じ現象が起こる可能性があることです。
京都に泊まりたい。
東京でホテルに泊まりたい。
人気観光地で食事をしたい。
温泉旅館へ行きたい。
しかし、
高すぎる。
その価格を海外から来た旅行者は普通に払っている。
すると日本人が、
日本国内なのに高くて旅行できない
という状態が生まれます。
少し極端な言い方をすれば、
日本人が日本国内で購買力競争に負け始める
ということです。
円安との組み合わせがさらに問題を大きくする
ここに前回書いた お金の価値 の問題がつながります。
円安になると、海外から見た日本は相対的に安くなります。
外国人観光客からすると、
ホテルが安い
食事が安い
買い物が安い
サービスの質が高い
という非常に魅力的な国になります。
当然、インバウンド需要は強くなりやすい。
一方、日本人は円で給料をもらっています。
つまり、
外国人から見ると日本は安い。
日本人から見ると日本が高くなる。
一見矛盾しているようですが、両方同時に起こり得ます。
なぜなら、
外国人と日本人では基準となる所得と通貨が違うからです。
じわじわ来るのは二次的な値上がり
さらに怖いのは、直接的な観光価格だけではありません。
例えばホテルの需要が急増します。
するとホテルはスタッフを増やしたい。
時給1,200円では人が集まらない。
1,400円にする。
それでも足りない。
1,600円にする。
これは働く人にとって良いことです。
しかし周辺の飲食店、小売店、清掃会社なども人材を確保するため、賃金を上げなければならなくなります。
そして上昇した人件費は商品価格に転嫁されます。
さらに店舗賃料や土地価格にも影響する可能性があります。
つまり、
インバウンド増加
↓
ホテル・飲食需要増加
↓
人手不足
↓
賃金上昇
↓
賃料・サービス価格上昇
↓
周辺価格にも波及
という流れが起こります。
もちろん賃金上昇自体は歓迎すべきことです。
問題なのは、
賃金が上がる人と、上がらない人がいることです。
インバウンドの恩恵を受けない人にも物価上昇は来る
ここが最大のポイントです。
ホテルで働いている人。
観光施設を経営している人。
外国人向け飲食店を経営している人。
インバウンド関連企業の株主。
不動産オーナー。
こうした人には、インバウンドによる利益が入る可能性があります。
一方、
観光と関係のない会社員
年金生活者
地方の一般家庭
所得が固定されている人
には直接的な恩恵がほとんどない場合があります。
それでも、
ホテル代
飲食代
交通費
不動産価格
家賃
人件費を転嫁したサービス価格
などの上昇は影響してきます。
つまり、
インバウンドによる利益は局所的でも、価格上昇は広く波及する可能性がある。
ここに格差の問題が出てきます。
土地と住宅まで外国の購買力と競争するようになったら
さらに長期的に注目したいのが不動産です。
観光地でホテル需要が増える。
民泊需要が増える。
外国人による不動産需要が増える。
投資目的の資金が入る。
そうすると土地や物件の収益価値が上昇します。
例えば普通の賃貸住宅として月10万円で貸すより、
宿泊施設として運用したほうが高い収益を生むのであれば、土地や建物の使われ方も変わります。
その結果、地域によっては住宅供給や賃料に影響する可能性があります。
ここまで来るとインバウンドは、
旅行の話
ではありません。
日本人の住む場所の価格にも関係する問題
になってきます。
高級品から日常品へ波及する可能性
最初は高級ホテル。
高級レストラン。
ブランド品。
高級旅館。
だから、
自分には関係ない
と思うかもしれません。
しかし経済はつながっています。
例えば高級ホテルが清掃スタッフを高い賃金で採用すれば、一般ホテルも賃金を上げなければ人を採用できません。
観光地の店舗賃料が上昇すれば、一般店舗にも影響します。
タクシー需要が観光客で埋まれば、地元住民が利用しにくくなる。
人気飲食店が観光客向け価格になれば、地元住民が離れる。
こうして少しずつ、
観光客向けの街と、住民が生活する街の価格が乖離していく。
だからインバウンド問題は、観光地が混雑して困るというだけではないのです。
インバウンドは日本にとって必要
ここまで読むと、
インバウンドは悪い
という話に聞こえるかもしれません。
私はそうは思いません。
むしろ人口が減少していく日本にとって、海外から需要を取り込むことは非常に重要です。
国内人口が減れば、国内だけを相手にしている市場は縮小していきます。
そこに外国人が来て、
ホテルに泊まり、
食事をして、
買い物をして、
交通機関を利用して、
地方へお金を落としてくれる。
これは日本にとって大きな輸出産業とも言えます。
問題は、
インバウンドを増やすことではなく、その利益を日本全体の豊かさにつなげられるか
です。
安い日本を売り続けるだけでは豊かにならない
私はここが一番重要だと思います。
外国人から、
日本は安い
と言われる。
これは観光政策としては強みです。
しかし日本人として、本当に喜んでいいのでしょうか。
日本の食事は安い。
日本のホテルは安い。
日本のサービスは安い。
日本の労働力は安い。
日本の土地も安い。
全部安いから外国人が来てくれる。
これを成長戦略と呼び続けるのであれば、少し違和感があります。
本当に目指すべきなのは、
日本が安いから外国人が来る国ではなく、高くても日本に来たいと思われる国
ではないでしょうか。
そして外国人が払った高い価格が、
企業の利益になり、
従業員の賃金になり、
地域の税収になり、
設備投資になり、
地域住民の生活改善につながる。
ここまで循環して初めて、インバウンドによって国が豊かになったと言えると思います。
観光客が増えた=国民が豊かになった、ではない
訪日外国人数が過去最高。
インバウンド消費額が過去最高。
ホテル単価が過去最高。
これらはもちろん重要な経済指標です。
しかし、
過去最高という数字だけで国民が豊かになったとは限りません。
重要なのは、そのお金がどこへ流れているのかです。
そして、その結果として日本人の実質賃金や購買力が上がっているのか。
ここまで見る必要があります。
インバウンドによって日本の価格が世界水準へ近づくのであれば、
日本人の所得も世界水準へ近づかなければならない。
価格だけが世界基準。
給料は日本基準。
この状態が長く続けば、
外国人観光客で街は賑わっているのに、そこに住んでいる日本人は以前より生活が苦しい
という奇妙な現象が起こります。
日本が観光地になった先に何があるのか
インバウンドバブルの本当の弊害は、今日突然現れるものではないと思います。
少しずつホテルが高くなる。
少しずつ外食が高くなる。
少しずつ家賃が上がる。
少しずつ観光地へ行きにくくなる。
少しずつ日本人向けの商品やサービスが減る。
一つひとつなら、それほど大きな問題には見えません。
しかし10年後に振り返ったとき、
いつの間にか日本人が日本を楽しめなくなっていた
となれば話は違います。
インバウンドは日本経済に必要です。
外国人観光客が増えることも歓迎すべきです。
だからこそ問うべきなのは、
何人来たのか
だけではありません。
外国人が日本で使ったお金によって、日本人は豊かになったのか。
私はこれからのインバウンド政策では、この問いがますます重要になると思います。
外国人で溢れる街。
過去最高のホテル価格。
過去最高の観光消費額。
それなのに、日本人は旅行にも行けない。
そんな観光立国になってしまえば、本末転倒です。
インバウンドバブルの成功を測る本当の数字は、訪日外国人数ではありません。
そこで暮らす人の豊かさまで上がったかどうか。
そこまで見て初めて、日本のインバウンドは成功したと言えるのではないでしょうか。
